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左上「大本」の題字は
出口王仁三郎聖師筆
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祭典 掲載日 2008-11-15

 平成20年11月2日(日)午前10時30分より、綾部市上野町藤山 愛善荘において、大本四代教主 出口直美さまのもと、斎主 出口信一さまにより、秋季の大御祭り「大本大祭」が執行された。
 今年は、出口なお 大本開祖がご昇天されてより九十年を迎える。さらに、出口王仁三郎聖師の高熊山ご入山百十年、みろく下生より八十年、ご昇天から六十年、大本にとって数々の節目の重なる特別な年巡りとなっている。

 大本大祭は、五六七の報鼓が打ち鳴らされたのち、新穀感謝祭、秋季祖霊大祭も併せて執り行われ、全国各地より大勢の信徒が参拝に訪れた。
 祭典終了後、『霊界物語』第六巻 第十七章「極仁極徳」の御神書拝読が、出口直子さまによりおこなわれた。
 爽やかな秋晴れのもと、特設会場には抹茶の接待席が設けられ賑わいをみせた。

祭典後の教主さまご挨拶の様子
祭典後の教主さまご挨拶の様子


行事 掲載日 2008-11-14

 大本大祭の前日、11月1日(日)午後1時30分より、綾部市並松町 熊野新宮会館において、特別講座が開催された。

 第一講は、『未来を拓く信仰の力』と題して、大本信徒連合会 宣教部長の出口孝樹氏が講師を務めた。

出口孝樹講師
出口孝樹 講師
【講義要旨】
 大本は、開祖さま、聖師さまの二大教祖を通じて大神様の啓示された御教えを信奉するのが信徒の務めである。二代さまも、両教祖の御教えを守って『大福帳』に御世継ぎのことを書かれた。「直美が四代を継げないようなことになったらこの世は泥海になる」とまでおっしゃっている。
 聖師さまは、御自分の御昇天の後から大本が変貌していき現在の様な状況になることを見越して、昭和21年に綾部の山水荘で直美さまを呼ばれ御手づから「神定 大本四代の証」を渡されている。色紙と短冊で三冊もある。「昭和二十一年四月 四代に与ふ 王仁」と書かれ、全てにスの拇印が押されている。
 また聖師様は、直美さまがお生まれになられた昭和4年より書かれた『日月日記』の中においても、「三代の長女直美の生れしより 大本四代の基礎固まれたり」、「四代なる直美の生れし今日よりは 蘇生するなり大本内外」、「久方の天津国より降りたる嬰児は教祖の更生なりけり」などの御歌を載せられている。
 直美さまは、生まれながらにして聖師さまにより大本の四代教主として宿命づけられ、開祖様の生まれ変わりであると認定された唯一のお方であり、直美さまのご用は、たとえ二大教祖の血を引く兄弟でも姪であっても、他者が代行することなど決して許されない。
 「霊界物語」第52巻「真と偽」には、「初稚姫の御再誕なる大本開祖は、神命を奉じて地の高天原に降り、万民を救はむと焦慮し給ふに引き替へ、その肉身より生まれ出でたる肉体に正反対のものあるは、実に不可説の神遠微妙なる御神策のおはしますことであって、大本神諭に・・・わが児に約まらぬご用がさして、善悪の鏡が見せてあるぞよ云々と。信者たる者は、この善悪両面の実地を観察して、その信仰を誤らないようにせなくてはならぬのである」と教示されている。
 人の口車にのせられるのではなく、大本の御教えの柱として自らの意志で学び、大本の歴史を真摯な態度で学ぶとき、自ずと導き出される答えは一つしかない筈である。神定のご道統である出口直美さまのおられるところこそが、厳瑞二霊・経と緯の仕組みの錦の機を織りなす本来の「大本」である。
 私たちは如何なる状況下にあっても、四代教主さまのもとで二大教典「大本神諭」・「霊界物語」を御教えの柱として、忍耐強く、学びを重ね信仰を守り抜き、大本の御神業成就に向かって、嘘や偽りのない明らかな真実のもと、一点の曇りなき正道を未来に向かって歩み続けましょう。


出口信一講師
出口信一 講師
 第二講は午後3時より、出口信一氏が講師となり『宣伝使』という演題で講義をおこなった。

 信一先生は本来の大本に回帰するための方向性を示唆され、大本の宣伝使の使命について力強く述べられた。


【講義録(抜粋)】


祭典 掲載日 2008-10-18

 平成20年10月11日(土)午後6時より、綾部市上野町の愛善荘を出発し、七社参拝が行われた。

 出発前に愛善荘ご神前において教主様ご名代 出口直子さまご先達により、大神様に天津祝詞奏上の儀が行われ、教主ご名代をはじめ地元綾部の信徒を中心とした参拝者は綾部市旧市街地にある産土神社、七社を巡拝した。
 参拝の順序は、若宮神社、八幡神社、二宮神社・三宮神社(合祀されている)、斎神社、笠原神社、熊野新宮神社。

若宮神社を参拝される出口直子さま
若宮神社を参拝される出口直子さま

 七社参拝は弥仙山(綾部市於与岐)で行われた二度目の世の立替えの天の岩戸開きの神事の後より、出口なお大本開祖によって始められた。
 二度目の岩戸開きとは、明治34年(1901年)9月8日の開祖の弥仙山篭りと、明治36年4月28日の岩戸開きの神事のことである。
 明治36年6月8日の「大本神諭」に示されているが、変性男子と変性女子の和合ができたこと。艮の金神が表役となり、坤の金神が奥役になったこと。神界では、聖師が上田姓から出口王仁三郎となったこと。艮の金神、坤の金神、金勝要の大神、竜宮の乙姫と日の出の神の四魂揃ったこと。三代の世継ぎを授かったこと。などの御礼に七社を巡拝した。

 今日では、綾部の各神社が一斉に晴れの日を迎える秋祭りの前夜に、産土神社を巡拝し、心静かに祝詞を奏上して大本の神業成就への日頃の御礼や祈願を行うのが慣わしとなっている。


祭典 掲載日 2008-10-10

 平成20年9月28日(日)午前11時より、八雲山やくもやま山頂において大本八雲山大祭が教主ご名代 出口直子様ご臨席のもと執行され、地元の山陰、島根の信徒を中心にご来賓の方々をはじめ大勢の参拝者が集った。今年は献詠歌の朗詠と安来節の奉納が行われた。

ご神木の前に設けられた祭壇 素盞嗚尊の宝座 八雲山
↑(上) 素盞嗚尊の宝座 八雲山

←(左) ご神木の前に設けられた祭壇

 八雲山は、島根県雲南市大東町須賀と松江市八雲町の境に位置し標高426メートル。「出雲風土記」には須我山、御室山の二つの名で記される。 (地図 Googleマップ
 「古事記」、「日本書紀」には、素盞嗚尊すさのをのみことが宮居を造るべき良地を求め須賀に到りて宮居を築き、その地より立ち昇る雲を見て詠まれた歌が
  「八雲やくも立つ出雲八重垣やへがき妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」
であると記す(この歌は大本では八雲神歌と呼ばれている)。

 八雲山の麓に鎮座する須我すが神社は、もとは八雲山頂にあったことなどは知られていた。この伝承を世に顕彰したのが出口王仁三郎聖師である。
 昭和7年(1932年)、大本二代教主 出口すみ子様と共に初登山した折数々の歌を詠み、八雲山頂が須賀の宮居の旧跡であり、八雲神歌発祥の由緒深い神跡であると明らかにした。
 この時聖師は大本八雲神社の造営と歌碑の建立を指示。翌8年に同神社の地鎮祭と歌碑の除幕式が行われるが、第二次大本事件により昭和11年に神社や歌碑は悉く破壊される。
 昭和44年に神社と歌碑を再建。だが、平成12年の鳥取県西部地震により神社が倒壊して以来、聖師お手植えの松をご神木の神籬ひもろぎとして祭典を執り行っている。

 聖師は八雲神歌に秘められた真意について、雲霧が立ち込め、どこの国にも有形無形の厚い垣がつくられ争いが起こっているが、これらを取り払いまことのつながりにより真理に生きる平和な世界を打ち立てなければならないという祈りと情熱が込められていると説示している。

八雲山から眺める風景
八雲山から眺める風景
「吾が心すがすがし」の言葉の如くとても美しい


祭典 掲載日 2008-9-29

 平成20年9月23日(火)午前11時より綾部市上野町の愛善荘に於いて、今年で18年目となる 大本三代教主 出口直日大毘女毎年祭が執行された。
 大出口家の方々を始め親族・信徒等が参拝し玉串を捧げた。
 祭典が執り修められた後、大本四代教主 出口直美様よりご挨拶があった。

大本三代教主・出口直日様
大本三代教主・出口直日様


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