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左上「大本」の題字は
出口王仁三郎聖師筆
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ご用

 王仁三郎(おにさぶろう)が正式に大本に入ったのは、出口なお開祖と出会った次の年、明治32年(1899年)7月のことです。
 王仁三郎はまず組織作りに着手し、金明霊学会(きんめいれいがっかい)を設立しました。
 幽斎修行場を開き、鎮魂帰神(ちんこんきしん)という神人感合の法を行なうと、様々な神がかりの現象が起こり、霊魂の存在が明らかに証明されました。しかしややもすると興味本位になったり、悪霊のおもちゃにされることもあります。あまり霊学に凝ってはならぬという戒めの筆先が出たので、幽斎修行はやがてやらないようになりました。

 明治33年(1900年)旧正月元日、王仁三郎は、なお開祖の末の娘の澄子(すみこ)と結婚しました。
 王仁三郎は28歳、澄子は16歳のときです。
 ここに大本の基礎が成り立ち、なおが経糸(たていと)、王仁三郎が緯糸(よこいと)、澄子が要(かなめ)の役をつとめ、救世神業の錦の機(にしきのはた)が織られることになったのです。

 王仁三郎と澄子が結婚したこの明治33年から35年にかけて、神の指示により次々と「出修」(しゅっしゅう)が行なわれました。
 出修とは、正しい神々の集まる霊地を訪れて、その神々を大本にお迎えする神事です。
 「世におちておりた、元をこしらえた神世(かみよ)の生き神を今度世にあげる」ための神の経綸(しぐみ)の型を、開祖なおと王仁三郎みずからが身をもって行なった神事で、大本神業にとって特に重要な出来事でした。

 明治33年に舞鶴沖の無人島である沓島・冠島に行って行なわれた「沓島開き」「冠島開き」は、世の元の主宰神である国祖・国常立尊(艮の金神)の神霊が、表に現われるという神事でした。

 翌年、大江山の麓の元伊勢内宮皇大神宮での「元伊勢お水のご用」は、「世界を一つにいたす」ための神の経綸のご用であり、「昔の元の水晶の変らん水」を持ち帰って大本の三つの井戸と、沓島・冠島の間の海に注がれました。

 さらに同年の「出雲火のご用」では、出雲大社に参拝し、神代から引き継がれている消えずの神火をもらい受け、神前で100日間灯された後、天へかえしました。
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