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左上「大本」の題字は
出口王仁三郎聖師筆
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写真で見る第三次大本事件

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―神定の道統の証拠と教団執行部虚言の証拠―

1. 昭和4年7月30日 出口直美様誕生

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出口王仁三郎聖師の歌日記 (『日月日記』七の巻)
昭和4年7月30日
 「午後三時三代無事に分娩し母子壮健と電話来れり」
 「女児と予知し直美と名附けたる言の葉間に合ふ今日ぞ嬉しき」
 「三代の長女直美の生れしより大本四代の基礎固まれり」
 「午後七時五十四分汽車にのり聖地綾部をさしてぞ帰る」
 「出生せし子の児見んとて小夜更けて錦水亭を訪なひにけり」
 「久方の天津国より降りたる嬰子は教祖の更生なりけり」
 「四代なる直美の生れし今日よりは蘇生るなり大本内外」
昭和4年7月31日
 「稚姫の神の命の世に出づるしるしと茂る鶴山の木々」
 「厳御魂教祖の神は分身を吾大本に降し給へり」
 「一二三子の御魂操子と生れたる後より直美と生れましゝ教祖」
 このように出口王仁三郎聖師は、出口直美様が出口なお開祖の生まれ変わりであることを明確に審神(さにわ)されています。
 開祖の御魂は稚姫君命(わかひめぎみのみこと)であり、艮の金神 国常立尊は稚姫君命の精霊に御霊を充たし、開祖の肉体を通して筆先を出されたことが『霊界物語』(入蒙記 第一章)に示されています。稚姫君命は代々大本教主の御魂として現われる「七人の女」の一柱とされ、出口直美様が開祖の更生=稚姫君命の御魂と聖師によって審神されたということは、直美様が神定の教主であることのこれ以上ない証なのです。

関連資料 『大本神諭』明冶43年旧9月10日(抜粋)

2. 出口聖師、直美様に四代の証を渡される

 昭和21年4月、出口聖師は綾部の山水荘にて、「四代に与ふ」と自書された色紙・短冊等三冊を直美様に直接手渡されました。聖師はわざわざ羽織袴の正装となり、威儀を正して渡されており、第三次大本事件が内部から起こることを予見された聖師が、直美様の大本四代の証として念押しされたものと解されます。
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3. 二代教主の大福帳

 昭和22年、出口すみ子二代教主は四代の道統を変えようという動きがあることに激怒し、激しい神がかり状態で下の文章を日記(大福帳)に書かれました。
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「この神の世継ぎは女に決めてある。筆先にかたくかたく書き残してあるのに、この間来たる人の話、梓(※出口京太郎氏)が世継ぎに仕組みが変わりたとはそりゃ何を申すか。艮の金神さまのお筆先を何と思うておるか。これが天地の規則に決まりておるのじゃ、曲津めが…(中略)…。
お筆先にしっかりと記してあるが、この大本は代々女の世継ぎにきまりてあるのじゃどよ。これを変へることはならぬのじゃどよ。大本は七人の女の神様が代々生れてきて世を継ぐと筆先に決めてあるのじゃど。大本の仕組みをひっくり返しにきてもあかんどよ。そういうことを申すから、大神様が先に決めていられるのである。仕組みが変わったとは、どの神の指図であるか申して出よ、馬鹿神めが。なんということを申すか、悪魔めが。万劫末代女に決まりておるど。ここには直美と申すしっかりしたお世継ぎがあるど。教祖様のお言葉に、男の子は目的ものが出来てきて、神の仕組みの邪魔をするから、天地の大神様がきめなされたのであると申されたのです。教祖様の固いお言葉であります。
直美は教祖の御みたま、操は一二三の生れ変り、神界でも教祖様についているなり、現界では直美の力になれ…(中略)…。
   どれほどに気張りて邪魔をするとても 神の仕組は動かざらまし
   大神の仕組邪魔する人はみな 根底の国におつるものなり
全国の信者の皆様にご注意をいたします。
今晩は大神様のお言葉をうけ給りました。皆に注意をせよとのお言葉であります。」
(昭和22年6月8日の大福帳)

4. 出口栄二氏の平和運動と総長更迭

 昭和37年、大本総長として平和運動を推進してきた出口栄二氏(直美様の夫)のモスクワ・北京訪問等が問題視され、栄二氏は総長を更迭されました。以後、教団内で栄二氏に対するいわれなき中傷、信徒に著書を買わせないなどの嫌がらせ、役職更迭などの処分がたびたび行われました。
中国の周恩来総理と懇談する出口栄二氏(昭和37年)

5. 直美様、教主継承者を取り消される

 昭和56年、教団は一方的に出口栄二氏の全役職を解任し、やむなく栄二氏は地位確認と名誉回復を求めて教団を提訴しました。翌年、夫の提訴を止めさせなかったとして、第六十回大本総代会において三代教主は直美様の教主継承者としての決定を取り消し、三諸聖子氏(のち出口に改姓)を教主継承者に決定しました。
昭和57年5月26日、大阪・都ホテルに於いて第六十回大本総代会が行われた。(聖地以外での開催はかつてないこと)
総代会においてマイクをつきつけ、直美様を教主から外すよう迫る宇佐美龍堂総長(当時)。

6. 「守る会」の結成

 出口直美様を支持する信徒らは「大本四代教主 出口直美様を守る会」(のち大本信徒連合会に改組)を結成(昭和57年6月)し、教団の正常化を主張して『愛善世界』誌を発刊(昭和58年5月)しました。また、教団執行部によりそれまで活動拠点としていた三丹会館の事務所が封鎖され、やむなく拠点を愛善荘(綾部市上野町)に置きました(昭和59年3月鎮座祭)。
三丹会館(当時)― 2階が三丹主会事務所 ― の封鎖

7. 直美様作品集に三代教主の歌を掲載

 昭和61年8月、直美様は初の作品集『しずはた』(鶴山織写真・歌・随筆)を出版され、同年2月に三代教主から贈られていた祝いの歌二首を掲載されました。
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八歳の時よりうたを学びつつ 祖母のあとつぎはた織る直美子
鉱泉に浸せし糸を機に仕組み 祖母のあと継ぐ一人直美が
 大本では、神の経綸は「機の仕組」といわれており、この三代教主のお歌は「機の仕組」の「機織る人」として、直美さまが教主の後継ぎであることを明確にお示しになっています。

8. 教団執行部、三代教主に書面執筆を強要

 同年10月27日、宇佐美執行部は三代教主に強要し、「『しずはた』の二首の歌は道統継承の意味ではない……何年も前に直美にわたしたもの……」などという偽りの文章を書かせました。
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「しずはた」にのせられた私の二首の歌は、道統継承の意味をこめて詠んだものではありません。直美は昔から機織りが好きですから、ただそのことを詠んだものです。守る会の人らのいうのはこじつけです。この歌も私が何年も前に直美にわたしたもので、この本に出すようにといってわたしたのではありません。直美が昔の歌を引っぱり出して、この本にのせているのです。
昭和六十一年十月二十七日 出口直日

9. 執行部の嘘、その決定的証拠

 さらに更生会発行『更生会報』(昭和61年11月20日)は、三代教主の歌に関して『会離れ阻止に教主様の「お歌」を悪用−守る会−』との見出しのもとに、虚偽の事実に基づく記事を掲載しました。
 『愛善世界』発行人の安本肇氏は、『更生会報』編集人秋山鎮宏氏に対し、謝罪広告を求める調停を同年12月15日、大阪簡易裁判所に申し立てました。
 その中で、原告側は『しずはた』掲載の歌二首が、作品集出版を祝って三代教主が直美様に贈られた歌である決定的証拠を提出しました。
A. 三代教主が直美様に送られた手紙(昭和61年2月7日消印)
(プライバシーに関わる箇所は加工しています)
三代教主から直美様への手紙(宛名は代筆)
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八歳の時より うたを学びつつ
祖母のあとつぎ はた織る直美子
之でよいでせうか

よかったねえ、お小づかひは 少しでも、のけておきます 歌集の一助にでもと思って
春日 直子にそっくり 美しいをとめになりました。なほって帰ったら きれいな ふり袖つくってやりたい 冬日にも 御遊の二人の子にも

一生うたと織物 つづけるやうにねがひます   直日

直美様 わたしは全快はまだまだ一年かかるそうですが 花のころには帰宅をゆるされるそうです。
B. 三代教主が広瀬麻子氏(出口紅氏の母)に託して直美様に渡された金封
  (昭和61年2月13日)
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(裏面のお歌)
鉱泉に浸せし糸を機に仕組み
  祖母のあとつぐ一人直美が

うたにはなっていませんがお笑草に

10. 執行部、またもや三代教主に書面執筆を強要

 二首の歌を贈られるなど、母としての三代教主のあたたかい心づかいに対して、宇佐美総長はこのままではいつ直美様に教嗣を戻されるかわからないと心配し、教嗣変更のないことを文章に書くよう三代教主に迫りました(昭和61年11月23日)。
 三代教主は「前言とりけし出来まへん」と書かれましたが、それでは意味があやふやで不安に思ったのか、宇佐美総長は同日改めて「教志へん更はありません」との文章を三代教主に書かせました。そしてその日に開かれた総代会及び翌24日に開かれた全国機関長会議で、それらのつくられた教主名の文書を配布しました。



 数十年にわたる道統破壊の過程は非常に複雑ですので、詳しくは当会発行のパンフレットをご参照ください。しかしここに示しましたことをざっと見ただけでも、教団執行部の言い分には相当な無理があることが分かります。
 「教主は無答責」としながら、「教主様が決められたことだ」として三代教主の権威を利用し、虚偽の事実をもって直美様の教嗣変更を正当化しようとした教団執行部は、結果的に三代教主にその責を押しつけてしまいました。
 一方、出口直美さまが神定の道統継承者である証が、出口聖師によってしっかりと準備されていたこともよく分かると思います。
 ご覧になった皆さまのご賢察を期待いたします。
(平成27年5月)




誕生された六代・春日様を抱かれる三代・直日様。
隣に四代・直美様、その隣に五代・直子様(昭和48年)。

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