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左上「大本」の題字は
出口王仁三郎聖師筆
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三度目の事件

 押し込められたまことの神さまを再び世にお出しするのが大本の使命です。
 その大本を破壊して、真の神を世に出させまいとする見えない力は、大正10年と昭和10年の2度にわたり大本に襲いかかりました。
 しかしそれは2度で終わりではなかったのです。
 3度目は外からではなく、内部から破壊しようと動いたのです。

 出口王仁三郎は大本事件は3度あると予言していました。
「大本事件は松竹梅事件だ」というのです。第一次のときは大阪の梅田から、第二次のときは島根の松江から、聖師は拘引されました。
 そして三度目は、兵庫県の竹田を中心に主会(地方機関)をつくろうとして火がついたのです。
 一次と二次は外からの弾圧でしたが、三次は内部から起きたのです。

 大本を内部から破壊しようとする力は、四代教主継承者の夫である榮二を教団から追放することから始まりました。
 見えない力は昭和37年(1962年)に榮二を総長から更迭させたのを手始めに、少しずつ大本を変質させていきました。
 そして昭和56年(1981年)9月、ついに榮二はすべての役職を剥奪されてしまったのです。
 その年の12月8日、第二次事件が起きたのと同じ日に、榮二は教団執行部を相手取って地位確認を求める訴訟を起こしました。
 これは、自分の追放の次にくるのが直美の追放だとわかっていたからです。
 道統を守るためにどうしても必要な訴訟でした。

 出口直日の長女である出口直美は、王仁三郎聖師や二代教主・澄子から、四代教主であることを証されています。
 その神定の道統を守り通すことは、夫として、榮二に与えられた使命でした。

 共鳴する信徒により「出口榮二を守る会」(のちに「出口直美さまを守る会」)がつくられ、執行部に対する非難の声が上がっていきました。

 またこの前年の55年には、活動や教義がおかしな方向へ変容していく教団のあり方に疑問を持った信徒たちにより「いづとみづの会」という信徒団体が結成され、執行部に対する批判の声が高まっていきました。
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