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第6巻 松葉の塵・総説

第6巻 松葉の塵・総説

第6巻 松葉の塵

 この世界には、神界、幽界、現界の三つの境域があります。
 神界、幽界は目に見えない世界ですが、霊能者のような、目に見えない世界を見たり聞いたりする能力を持ってる人がいます。
 いわゆる神懸りというものを、王仁三郎は三つに分けています。
 神憑(しんぴょう)…正しい神霊が憑依するのではなく、たいていは邪神界の憑霊です。
 神懸(しんけん)…エンジェルなどが正しい神が懸かります。
 帰神(きしん)…最高の神懸りの状態です。よほどすぐれた、神界の様子を伝達する使命をもった人です。
 (第48巻第1章「聖言」P12~13)


 「神界は生成化育の神業を専ら守護したまひ」(P5)
 生成化育(せいせいかいく)というのは、いろいろなものを生み出して行く、産霊(結び)ということです。結びの神が日本の神様に出て来ます。
 
三位一体の主神
 天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、この三体が三位一体の主神(すしん)でもあります。

 「皇」というのは、統(す)べる、統一をする、という意味です。
 人の霊魂は高皇産霊神の、肉体は神皇産霊神の働きを受けています。
 肉体と魂が一人一人の中で合一して、活力・生命を受けています。

 「消極的神業を執行する大禍津日神おほまがつひのかみ、及び八十禍津日神やそまがつひのかみが、」(P5)
 まがつ(曲津)といえば邪神のイメージですが、「日」が入るのと入らないのとでは、天地の相違があります。
 この「まがつ日のかみ」は、邪悪な魂を成敗をしてくれます。
 (第10巻第26章「貴の御児」P197、同巻第28章「言霊解二」P216~217)

 お払いをするときに祓戸(はらいど)の神様に降臨していただきます。
 祓戸四柱の神といって、四柱おられます。
 四柱の最初の神を瀬織津比売せおりつひめといいますが、その本体がこの禍津日神まがつひのかみです。
 (第10巻第29章「言霊解三」P218)
 「せおりつ」の「おり」というのは降りる、という意味であり、川の瀬に降りる、というのが瀬織津比売の働きということです。

第6巻 総説

 国祖・国常立尊くにとこたちのみこと(物語では国治立命くにはるたちのみこと)は邪神の策略で隠退せざるを得なくなりました。
 国常立尊は天教山(富士山)へ、妻神の豊国姫尊は地教山(ヒマラヤ山)へ隠退しました。
 そして名前を野立彦のだちひこ野立姫のだちひめと変えました。
 このように働きによって名前が変わるのが、日本の神様の特徴です。
 隠退したからといって何もしないというわけではなく、表の守護から陰の守護のまわったということです。
 野立彦は天教山に神人を集めて、神の教えを伝えさせました。宣伝使神せんでんししんと呼ばれていますが、イエスもモハメッドも釈迦も孔子も老子もみな宣伝使神だったのです。

 「現代の我日本国即ち豊葦原とよあしはらの瑞穂の中津国を胞衣えなとなし、かつ神実かんざねとして」(P2)
 当時「豊葦原の瑞穂の国」というのは日本のこととされていましたが、王仁三郎はこれは世界のことだと、大きく解釈し、その「中津国」が日本のことだと言いました。
 神は日本を雛形として世界をつくられました。
 神実(かんざね)というのは素盞嗚の十握の剣(とつかのつるぎ)のことです。
 日本列島は十握の剣の形をしています。
 剣といえば人をあやめる武器のように思いますが、「意」を意味します。

 【三種の神器】
  • 剣……意
  • 玉……情
  • 鏡……知

 江戸末期の神道学者の平田篤胤(ひらた あつたね)が祝詞を研究したところ、日本人には「祈願」というものがなかったそうです。
 「感謝」と「讃美」だけあったそうです。
 祈願するというのは、強い存在、尊い存在であるから、その力を頼るために祈願するわけです。
 それがなかったというのは、神と人との関係が近かったのだといえます。
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