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皆神山について

皆神山
皆神山(みなかみやま)
 無限絶対無始無終の真神から、霊系の厳霊大神(げんれいおほかみ)と体系の瑞霊大神(ずいれいおほかみ)が鳴り出でられましてより数十億年、厳霊大神の経綸の中心地の一つが天教山(富士山)となり、瑞霊大神の経綸の中心地の一つが地教山、すなわち世界ではヒマラヤ山、日本では信州の皆神山となりました。

 瑞霊大神である出口王仁三郎聖師は、明治31年旧2月の高熊山修行の際、霊身で、一番に富士山と皆神山へ行かれ、その後の亀岡・穴太での幽斎の際には、皆神山で神素盞嗚大神(かむすさのをのおほかみ)と会われています。

 昭和3年3月3日にみろく大神の御神格となられた聖師さまは、翌4年(1929年)の6月3日に現人で皆神山に登られました。その途上、聖師さまは八岐大蛇(やまたをろち)に襲われながらも戦いに勝たれ、山頂に詣でて言霊を発せられました。これが真の生言霊(いくことたま)の発射の最初で、今年(2009年)はそれより80周年の記念の年にあたります。

 昭和4年は四代教主 直美さまの御生誕の年でもあり、聖師さまはみろく大神の御神格で、直美さまが四代教主であることや、厳霊神である開祖さまの生まれかわりであることを示されましたが、教団執行部は昭和57年に四代教主を三諸聖子氏に変更しました。今日に至るまでの出来事の意味するところを踏まえたうえで、80周年を迎えることには大きな意味があります。
皆神神社
皆神神社
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