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亀岡・天恩郷

 亀岡の神苑を天恩郷(てんおんきょう)と呼びます。戦国時代の武将・明智光秀(あけち みつひで)の居城だった亀山城址を大正時代に買い取り、神苑として整備したものです。

月宮宝座(げっきゅうほうざ)

↓昭和3年頃の月宮殿。中央に立っているのは出口王仁三郎聖師。
月宮宝座
 ここにはもともと王仁三郎聖師の指示で造られた月宮殿(げっきゅうでん)という、石とコンクリートでできた神殿がありましたが、第二次大本事件のときに粉々に破壊されてしまいました。

 月宮宝座は月宮殿跡に戦後築造された、天恩郷の至聖所です。昭和24年に完成しました。

月の輪台(つきのわだい)

月の輪台
 王仁三郎聖師の指示で昭和21年に築造されました。

歌碑(かひ)

歌碑
 第二次大本事件前に、王仁三郎聖師は全国に40数基の歌碑を建てました。そのうち3基が天恩郷にあります。
 全国の歌碑は第二次大本事件のときに、当局の手ににより破却されてしまいました。天恩郷の歌碑は戦後再建されました。

教学碑(きょうがくひ)

教学碑
 大本教旨(おおもときょうし)と三大学則(さんだいがくそく)が刻まれています。第二次事件で破却され、戦後再建されました。

万祥殿(ばんしょうでん)

万祥殿
 出口直日・三代教主の指示で建てられた神殿です。昭和33年に完成しました。
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