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大本地恩郷別院について

 地恩郷(ちおんきょう)別院は宍道湖の北岸、出雲市鹿園寺町の田園風景の広がる清閑なたたずまいの中にある。「鹿園寺(ろくおんじ)」という名は、仏の楽園、すなわちパラダイス、または聖地・霊地を意味していると聖師によって示されている。

 別院の歴史は、大正8年聖師が出雲大社参向のみぎり、同町(旧東村)吾郷勝哉邸にお立ち寄りになり、この周辺一帯を指して「地恩郷」とご命名になられたことに始まる。

 この地は、素盞鳴尊の経綸の地といわれ、聖師は昭和5年、島根別院に続いてここに別格別院 地恩郷をつくるよう命ぜられてより、再三この地に赴かれ、両別院を中心に奇しびなる神業を推進された。

 聖師は大正8年以来、来院のたびに、襖、衝立、絹本、色紙などに数々の書画をお書きになられているが、かの雄渾な筆墨「瀑布」「小雲川風景」「みちのくの滝」などの名作はここから生まれている。
二羽津とり神路の山にあつまりて国家興々とうたふ芽出度さ
鹿園寺地恩の郷を吾が郷と天降りますかも素盞鳴神
八雲立つ出雲の国は宇豆の国瑞の御魂の生れし神久仁
〈出口王仁三郎〉
地恩郷別院
地恩郷別院
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